子どもの未来全力応援~映画『アバター:ファイヤー・アンド・アッシュ』に見る、家族と土地を守るということ~地域工務店が感じた普遍の物語
黒宮建設です
映像技術の到達点、その先にあったもの
まず圧倒されるのは、疑いようもなく映像です。
推定4億ドルとも言われる製作費は伊達ではなく、海・空・火--あらゆるエレメントが、これでもかというほどの密度でスクリーンに押し寄せてきます。
約3時間、どの一瞬を切り取っても「最高峰の画」
半ば放心状態のまま、ただただ浴び続ける体験は、映画館という空間そのものを別世界へと変えてしまう力がありました。
しかし、不思議なことに。
今回いちばん心に残ったのは、その技術の凄さ以上に、とてもシンプルで、普遍的な“物語”でした。
「家族になりたい」と願う心の物語
物語の心臓部にいるのは、スパイダーという少年。
人間でありながらパンドラに取り残され、サリー家の養子として育った彼は、自分の父がクオリッチだと知りながら、ナヴィの家族とのあいだで揺れ続けます。
彼をどうしても受け入れきれないネイティリ。
それでも「家族だ」と信じ、愛し続けようとするジェイクやキリ。
そして、何よりも「本当の一員になりたい」と願うスパイダー。
この三者の葛藤があるからこそ、ラスト近くの“ある選択”と沈黙が、後になってじわじわと胸を締めつけてきます。
贅沢なVFXや3Dの裏側で描かれているのは、
「血縁だけでは測れない家族」と「それでも一緒に生きたいと願う心」。
これは、私たちが日々向き合っている暮らしや住まいの世界とも、どこか重なって見えました。
土地に根を張ること、家を守ること
パンドラの物語には、地球上の「侵略の歴史」が色濃く重ねられています。
資源のために土地を壊し、そこに生きる存在を顧みない人間の姿は、決して遠い世界の話ではありません。
地域で家づくりをしていると、
「この土地に長く住み続けてきた想い」
「先祖から受け継いだ場所を、次の世代につなぎたい気持ち」
そうした声を、私たちは何度も耳にします。
家は、ただの建物ではありません。
そこには記憶があり、時間があり、家族の物語があります。
パンドラを守ろうとするナヴィの姿は、
土地と共に生きるという覚悟そのもののようにも感じられました。
技術は進化しても、問われ続けるもの
ハイフレームレートによる滑らかな映像、進化した3D、水や空中戦の圧倒的なリアリティ。
現時点で世界最高峰の映像表現であることは間違いありません。
一方で、かつて映画の未来を象徴していた3Dが、今では“絶滅危惧種”とも言える立場にあるという現実。
歳月の経過の恐ろしさと、人の忘却の速さもまた、この作品は静かに映し出しているように思えます。
それでも--
探索し、闘い、進化し続けるその姿を、私たちはまた見届けてしまう。
それはもはや「次回作が楽しみ」という感覚を超えて、
巡礼のような体験なのかもしれません。
建築もまた、「愛でつながる仕事」
映画の中で繰り返し問われるのは、
「すべてを一つにするのは、愛か、それとも憎しみか」。
激しい戦いの中で、登場人物たちは必死に葛藤します。
過去の記憶に囚われるのか。
それとも、未来の光に向かって自分を解き放つのか。
私たち工務店の仕事も、突き詰めれば同じ問いの前に立っています。
効率や数字だけを優先するのか。
それとも、人の暮らしや地域への愛情を軸に据えるのか。
最新の技術は大切です。
でも、最後に家を支えるのは、そこに暮らす人への想いだと、改めて感じさせられました。
おわりに
青い姿に少し尻込みしてしまう方もいるかもしれません。
正直、私自身も最初はそうでした。
けれど、3時間を共に過ごすうちに、
彼らはいつの間にか「不器用で、どうしようもなく愛しい家族」の顔になっていきます。
テクノロジーの粋を集めた映像体験と、
普遍的な家族と土地の物語。
その二つが同じ器の中で、ちゃんと同居している。
そんな贅沢さを持った一本でした。
地域に根を張り、家をつくり、暮らしをつないでいく。
その意味を、映画を通してもう一度考えさせてくれる作品だったように思います。
